曜変銀河天目 -Be Dominant-
Artist:Rave Warrock feat. 水ノ依ぱぴ子
Jacket:物部
Genre:広汎性旧式麗舞音楽
BPM:160
Original:千年幻想郷 ~ History of the Moon
ARTIST COMMENT
―こちらは、曜変稲葉天目茶碗の写しですね―
※曜変稲葉天目:ようへん-いなばてんもく。中世に中国から輸入された茶碗の一つ。「曜変天目」とは、漆黒の器の中に星のような大小の斑紋が散らばっているように見える茶碗を指す。国宝。
※写し:ここでは、茶碗の色や模様を極力再現したコピー製品の事。
私はいま、姫様と二人で古物商の元を訪ねている。
姫様は突然思い立ったように私に仕事を休むようにせがみ、宿を確保し、どこからか当座のお金を確保してきた。
有体に言えば旅行であろうか。姫様から提案した以上断るわけにもいかなかった。
「あら綺麗。まるで茶碗の中に宇宙が広がるよう」
姫様は店主と談笑しながら、後ろに控えていた私にも茶碗を見るように手招きした。
私は茶碗を覗いた。少し悪寒がした。漆黒に塗りつぶされた宇宙。その宇宙以外の空間から自然光を受け月のようにさらさらと、玉虫のように光る星々。宇宙を圧縮したようなこの茶碗に心を奪われるような感覚に陥った。
「…どうしたの?貴女も欲しくなった?」
姫様は私が満足したと判断し、茶碗を自らの掌に連れ戻す。小動物と戯れる子供のようだ。
「それにしても、この器のホンモノを持ってた人もこれで茶を飲んだりご飯食べたりしたの?ちょっと贅沢過ぎない?」
―まあ、茶器というのはつくづく強欲もの向きですわ。何せ茶碗は器の中を飲むからして、特にこの茶碗は宇宙を独り占めするようなものですからな―
「買った」
――――――――
「茶器は強欲もの向きですって。この茶碗が強欲もの向きだったら、世の中のものすべて強欲よ」
夜酒を飲み干した私は行燈の火を消す。姫様は月明かりが少しだけ差す窓辺で、茶碗を撫でまわしている。よほど気に入ったのか、その撫で回し方は相変わらず、小動物をあやしているようにも見える。
強欲、か。
強欲の権化たる宝物が欲しいという建前で、求婚相手を遠ざけるために難題を押し付けた姫様にはなにか引っかかるものがあったのだろうか。
姫様。気に病むことはありません。生きるためには必要なことではないですか。
「気にしてるわけじゃない。それより、今日は一緒の時間を作れて嬉しかった。私がほしかったのはこの茶碗より、貴女が貴女らしく存在できる時間」
…そうだったのか、姫様は私と二人でゆっくりできる時間がほしかったのか。
姫様もどこか少し、普段の自分から離れたかったのではないだろうか。
長い付き合いの中で少しだけ新しい面が見れたことが、少しばかり嬉しかった。
「私は確かに強欲ね、もう一つ欲しいものがあるの。 叶えてくれるかしら」
首筋を、柔らかい人差し指が走る。 心を奪われるような悪寒が私を支配した。
「強欲だから、私は茶碗一つにおいても両手で独り占めせずにはいられない…」
私は理解した。私を見つめるその目が、あの時、茶碗を見つめていた姫様と何ら変わりない視線であったことを。私は茶碗が見せる宇宙に悪寒を感じたのではない、この茶碗を、いやこの茶碗を宇宙に比喩した姫様を恐れていたのだ。わざわざ私と二人きりでこの店を訪れた理由も分かった。姫様が一番欲しいのは「茶碗でも」「二人っきりの時間でも」なかったのだ。
姫様が首筋に突き立てた人差し指は線を引くようにゆっくりと、私の身体を撫でながら下っていく。
これから起きることへの怯えと諦観に満ちた私の頬に伸びたもう片方の指つきは、変わらず小動物をあやすようだった。
「だから、私のものにする」